2015年9月25日金曜日

シンプルと言う言葉の意味

真夜中に東京から愛知への移動。
眠気に負けて御殿場で野宿。
軽トラックの車内は些か狭いなあ。
うーんうーん、と独り言が増える。
夜明け前に出発。
愛知へ向かう前に寄り道。
過日お世話になった静岡県藤枝市にある楽創倶楽部へ立ち寄る。



残念ながら大好きな青木さんにはお会い出来ず。
電話にてコンタクト。電話口から聞こえる青木さんの優しい声。
変わらず元気にやっているようだ、良かった。
自家焙煎の珈琲はまた次回ご馳走する事にしよう。

楽創の畑には真っ白で華麗な和棉が弾け、陽の光を受けて真っ赤に染まった彼岸花が田んぼの畔で咲いていた。




一年前。
僕は香川県にある豊島に住んでいた。島では棚田の保全活動に従事していた。
海の見える田んぼから咲いていた彼岸花。あの景色が蘇って来る。仲間の顔を思い浮かべる。島の皆は元気にしているだろうか?

話は反れるけれど、僕は出来るだけシンプルな生き方を目指している。
所有物を出来るだけ減らした生き方(ストレスのない範囲で)をしていたら身軽でいれる為、何か有事の際にも迅速に移動する事が出来る。
と、今まではそんな考えを持っていたが為に、「家」を所有する事に対して物凄く抵抗を感じていた。仮に土地を手に入れて家を建てたとして、もしまた災害等でその土地で生きて行けなくなったとしたら全てを手放さなければいけない。そんな想いから現在は家を借りて家賃を払いながらの生活をしている。
けれど、最近出会う人々に自分の家を持つ事を勧められる機会が多い事に気付く。
その上で色々と想いを巡らし、あーそうだよなあ、家を持つのも良い事だよなあ、何て思う事も出て来た。
自分の家を持つ事のメリット。
一、好きな様に家をレイアウト(もしくは作る事)が出来る。借家だと中々その自由が利かない。
二、月々の家賃を払う必要がなくなる。これはシンプルな暮らしを志すのだとしたらとても重要なファクターになる。
三、技術が身に付く。仮にセルフビルドで家を建てたとしたら、家が財産として残る事以上に家を建てる事が出来た、と言う生きる力が身に付く。これが最大のメリットだと僕は考えている。
これくらいか?もっとあるか?まあ今は出て来ないや。

で、話を進めると「身軽でいたい」と言う事に関して言うと、要は物を持つ量の問題よりも、その物に対して執着している事に問題があるのではないか。
つまり、物に執着をしている事がそこから移動したり生き方を変える事に対して二の足を踏む事に繋がっていて、もっと言うとそれは自分で物事を判断する力がない、裏を返せば自分の意志に自信が持てていない、とも言えるのではないか。
シンプルな生き方」とは、言い換えれば「執着せずに手放す決断が出来る生き方」とも言えるのではないのかなあ。

何の因果か、来月には友人が企画する小屋作りのワークショップのお手伝いをする事になっている。そこで少しでも家作りの技術を身につける事が出来たらまた(少しずつだけれど)一歩ずつ成長出来るのではないか。

そんな事を思いながらわくわくした気持ちで愛車の軽トラック。
更に西へと直走る。


はっ!
昨年島で愛車を転倒させた事を思い出してしまった。
運転には気を付けよう。

真吾

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