2015年3月24日火曜日

山梨県北杜市へ”再"移住しました

既にご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、この度再び山梨県北杜市で生活をする事にしました。
震災後の翌年2012年2月に故郷の神奈川県茅ケ崎市を離れ、約2年間北杜市で暮らして来ました。そして昨年に北杜市を離れて香川県の豊島と言う小さな島へ移り、1年間の島暮らしをしました。
北杜市を離れようと思った理由は幾つかあります。

一、冬の期間が寒過ぎて生活をして行くのがとても厳しい事
一、山があっても海がない事
一、放射能の問題で、次に福島で何か大事が起こったら暮らせなくなる可能性がある事

そんな想いから北杜市とは別れを告げて西日本での生活を始めました。
豊島には元々1年間だけ生活をするつもりだったので、その後は広島県、岡山県界隈に移って暮らしを作って行こうと思い、沢山の方々に繋がりを作って頂き、幾つか候補となる場所も見つかっていました。

年が明け2015年。
1月初頭に10日間、千葉にある瞑想道場で修行をする機会を設けて己の事を深く見つめ直しました。
修行を終えてクリアになった己の心に問いかけ、自分自身でどうしたいのかを考えた時に、突然北杜市の事が思い浮かんで来ました。自分でも全く予想していなかった事だったのでその時は正直驚きました。
上記の懸念点は確かに僕の中で当初はネガティブなイメージを持っていました。
けれど、例えば冬が寒いのならば少しでも寒くならない為にはどうすれば良いのか考える楽しさがあるし、海がなくても沢山の綺麗な川が沢山ある。放射能だって、もし仮に北杜市から出なければ行けない事態になったとしても、その時にまた考えれば良いんじゃないだろうか(備えは必要だろうけれど)。

大事なのは今を楽しく生きる事。

北杜市は大自然に囲まれたとても環境の良い土地です。ですが、僕の中でそれ以上に魅力に感じているのは素敵な仲間達が沢山住んでいる事です。
2年間北杜市で暮らす中で出来た繋がり。この繋がりは何物にも変えられない素晴らしい宝物です。この宝物を大切にして、これからの人生を歩んで行きたい。
そんなポジティブなイメージばかりが浮かんで来たので、自分の心に正直に生きようと意を決して再度北杜市へ移住しました。

やりたい事は色々とあって、それを少しずつ実行して行くつもりです。
その大前提として食料は出来る限り自給する事。
“農”を中心に添えた丁寧な暮らし。
まだまだ様々な事が勉強不足で自分の力のなさを感じますが、一歩一歩進んで行こうと思います。

そんな中、縁あって4月より北杜市役所の「地域おこし協力隊員」として働き始める事になりました。
どんな形で関わって行くのかまだ分かりませんが、自分の出来る事は精一杯やって行こうと思います。

移住に際し、色々とご協力頂いた方々、本当にどうも有り難うございました。
これからもどうぞ宜しくお願いします。


初めて北杜市を訪れた時に一番最初に出会った風景。

真吾

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