2015年3月28日土曜日

障害者施設のお手伝いを終えて感じた事

3週間程度と短い期間でしたが、一昨日はるのひのお手伝いを終えました。
普段では中々接する機会のない、所謂障害を持った方々と過ごした日々。
正直に言って大変な事も少しはありましたが、それ以上に様々な経験をする事が出来ました。

ある利用者さんは、普段一緒に過ごしていると、時として感情が高まり暴力的になってしまう事があります(大人の腕力だからかなり痛い)。
けれど、過日の音楽イベントに参加してくれて、その際一緒に過ごす時間もあったのですが、その利用者さんは終始穏やかな表情を見せて暴力的になるどころか、周りにいた子供達に対してとても優しく接していたのです。
その時に僕は思いました。
障害者施設と言う枠組みの中に彼らを閉じ込めてしまうと、利用者同士のエネルギーが篭ると言うか、良い空気が流れて行かないような、そんなモヤモヤした感じになる事が時としてあります。きっとそのモヤっとした感覚を彼らは敏感に察知して、不安や苛立ちの気持ちから衝動的に暴力行為や奇声を上げる等の行為をしているのだと思います。

彼らは一般的な社会の枠組みの中では障害者として捕らえられてしまいますが、本当は僕達なんかよりも遥かに感受性が豊かで、しかもあらゆる面において繊細でピュアなんじゃないか。僕達とは違う次元で物事を感じ取っているんじゃないだろうかと。
そんな事から、疲れた~、辛いなあ、嫌だなあ、と思う時に出す目に見えない"何か"も彼らは感じ取っているんじゃないか、僕は一緒に過ごして見てそんな気がしました。
だから彼らとは本気で接しないといけないのだと思います。
僕は出来る限り本気で彼らと遊びました。仕事もロクにせずに 笑
たまに弱音を吐く事もありましたが、それはそれで良いのだと思います。とにかく本気で正直に接する事が彼らにとっても、そして仮にスタッフとして働く事になっても大事なんじゃないか、なんて短期間ではありましたが強く感じました。

けれど、やっぱり本来であれば社会の一員として当たり前に過ごす事が一番良い事だと僕は思います。
皆が支え合い助け合う事の出来る社会。そして一人ひとりが得意とする分野で楽しく精一杯生きる事の出来る社会。
自然の中ではそれが当たり前に行われています。様々な植物達が己の役割を全うし共に生き、完璧な循環を形成しています。
けれど、例えば野菜を育てるにしても、単一作物ばかり一カ所に大量に育てたらその循環が忽ち乱れてしまいます。生物多様性、とても重要な事なんだとお手伝いをしながら感じていました。
偉そうな事を言いましたが、残念ながら今の僕にはその道筋を指し示すアイデアが思いつきません。
ですが、ほんの少しでもやれる事はある筈です。その為の出会いだったんじゃないか、と言う気がします。
例えばイベントのお手伝いでも良いし、たまに施設へ遊びに行くでも良いし、出来る事から少しずつ。

今回お世話になった名水会は外部とのコミュニケーションも積極的に取って社会の中で共に生きて行く事を感じ取れる施設だったのでとても素晴らしいなあ、と感じました。
とても貴重な機会を与えて下さった仁田坂さん、本当にどうも有り難うございました。
これからもどうぞ宜しくお願いします。




真吾

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